JKの領海

大丈夫です

夢のその後

夢を叶えても幸せになれない。自分の夢を、欲望を叶えても、幸せになれたことがない。食欲を満たしてもまたいつかは食欲が湧いてくる。叶えても幸せになれない夢なんて夢じゃないと言われるかもしれない。わたしの夢は夢じゃなかったのかもしれない。

「○○したら幸せになれる」
そう固く信じて叶える。でも幸せになれなかった。正しくは「一瞬しか」幸せになれなかった。夢を叶えた幸福感は寝て見る夢のように消え去った。

間違いだ、この夢は私の本当に望んでいることではないんだ、と思って他の望みを叶えてみた。でも幸せは手に入らなかった。


逆に、ずっと続くような、虚しさを伴わない幸せを感じたのはいつだったか。それを手に入れられそうに思ったのはいつか。

不幸なときほど、幸せの存在を信じている。そういう意味で、幸せの存在を信じられなくなった自分は幸せかもしれない。

疲れ果てたから死にたい、死んだら楽になれると夢見ることも難しくなった。そもそもの夢を見られなくなった自分は死にも期待できない。こんなやつは死んでも幸せになれないし不幸にもなれない。意識も実感もなくなったら相変わらず「幸福も不幸もない世界」が続くだけだと思ってしまう。生きていても死んでいても、幸福も不幸もない。特に死ぬ必要もない。


安住できない。いつか錯乱して死ぬような気がする。しかしこの自分の考えを見守るのを当面の唯一の楽しみとし、この世にのさばり続けるしかない。わざわざ安住できないようにいる。ぐるじい。唯一ずっとずっとできそうなことはそれだけだ。安住できないことに、安住すること。