JKの領海

大丈夫です

忘れられたい

忘れられるんだと思うとほんとうに快感だ。やっと自分を自分のものにできると思う。他人の記憶にあることはとらえられているということだから…

 

あと数ヶ月でこの校舎とお別れと思うと、やたらと愛おしく…見えない。馴染めなかった大半のクラスメイトもなんだか懐かしく…見えないっ!先生もいい人に思えて…来ないな…

 

忘れられるか、覚えていられても「どうしただろうなあ…?」と謎のまま消えられるなんて、なんと甘い幸福が感じられることか。うっとりである。

 

 

 

 

パチ屋のマリア

私が毎日のように使う地下鉄の線路の向こうの壁面にはパチンコ店の広告がある。その広告にはちょっと派手な白人女性の写真がなぜか使われている。私はほぼ毎日彼女と目を合わせる。毎朝脳内で「おはよう」「オハヨウ(英語的な抑揚で)」と挨拶を交わしている。

どんな時も、彼女を見るとああ良かった、いてくれた、おはようという気分になる。待っていてくれるように思う。

毎朝おはようと言ってくれて、こちらを見てくれて、安心をくれて、まるでアイドルか母親かご先祖さまじゃないか。どれも尊い存在だ。アイドルは尊く、親は敬え、ご先祖様は大事。


パチンコ屋の広告に神性とか母性を感じてる人間がいるとは、我ながら考えもしていなかった。

信仰 インストール

新しい服を買っても「今日着ていこうか、いや今日は心の準備ができてないから、別の日にしようか」とずっと思っているうちにシーズンが終わり、次の年になって心臓をバクバクさせながらその服を着る。(ここで「それかわいいね~」などと言われると、うわっ!認識されてる!と思って恐ろしくなってその服が着られなくなる)だから服がダサい。


そして何も言われないと次はその服しか着られなくなる。だから服がダサい。


中学の頃は親に「ノートを買うお金をちょうだい」と言うまでに一ヶ月かかった。それまで前のノートを消して使っていた。別に親はいえば何でもくれるような人だったから何にも怖いことはなかったが、本当に言い出せないのだ。



ずっとそんな調子、対人恐怖症で、日常生活に支障がありまくり。


変化が起こると人はそこに注目する、と思うと怖い。単に自意識が過剰なんだろうけど、褒められても怖くてもうしょうがない。学校で舞台の上で表彰された時は帰ってから不安が襲ってきて急にお腹を壊し、頭痛もしてきて寝込んだ。




ずっとそんな風に人間全部が怖くて怖くて、はっと気づいた。神様から見たら人間はみんな小さく弱く愚かなものなんだ。神様からはどうしたって見えてるんだ。そう思ったら人間の目なんか怖くない。
よし、心に神様をインストールしよう!
え?課金が必要なのがあるって?メモリを食う?ウイルスが含まれるものがある?運営がクソ?神様もいろいろあるんだね。良いゲー厶アプリを選ぶくらい難しいね。


お住まいの地域で人気の神様、あなたにおすすめの神様、世界で人気の神様、1000万ダウンロード神様?一体どれをインストールしたら良いの?どこもかしこもレビュー欄は荒れまくりだし…教えてプレイストア!

夢のその後

夢を叶えても幸せになれない。自分の夢を、欲望を叶えても、幸せになれたことがない。食欲を満たしてもまたいつかは食欲が湧いてくる。叶えても幸せになれない夢なんて夢じゃないと言われるかもしれない。わたしの夢は夢じゃなかったのかもしれない。

「○○したら幸せになれる」
そう固く信じて叶える。でも幸せになれなかった。正しくは「一瞬しか」幸せになれなかった。夢を叶えた幸福感は寝て見る夢のように消え去った。

間違いだ、この夢は私の本当に望んでいることではないんだ、と思って他の望みを叶えてみた。でも幸せは手に入らなかった。


逆に、ずっと続くような、虚しさを伴わない幸せを感じたのはいつだったか。それを手に入れられそうに思ったのはいつか。

不幸なときほど、幸せの存在を信じている。そういう意味で、幸せの存在を信じられなくなった自分は幸せかもしれない。

疲れ果てたから死にたい、死んだら楽になれると夢見ることも難しくなった。そもそもの夢を見られなくなった自分は死にも期待できない。こんなやつは死んでも幸せになれないし不幸にもなれない。意識も実感もなくなったら相変わらず「幸福も不幸もない世界」が続くだけだと思ってしまう。生きていても死んでいても、幸福も不幸もない。特に死ぬ必要もない。


安住できない。いつか錯乱して死ぬような気がする。しかしこの自分の考えを見守るのを当面の唯一の楽しみとし、この世にのさばり続けるしかない。わざわざ安住できないようにいる。ぐるじい。唯一ずっとずっとできそうなことはそれだけだ。安住できないことに、安住すること。

オカルト

奇妙なことって起こるし、理解し難い行動を取る人もいる。これをなんだかオカルトに捉える人が多い。でも、99%はオカルトじゃないと思っている。

なぜなら(はたから見れば)不可解な現象を起こし、(はたから見れば)理解し難い行動を取って来たからだ。なるほどこれは説明がなければオカルトだよなあということのカラクリになってきたのが自分だったからだ。

(はたから見れば)

インターネット・墓参

私の曽祖父は、高校の教科書に大きく載ってはいないくらいの(年表かどっかには名前があるかも?くらい)文芸評論家だ。


ツイッターを見ていたら、彼の言葉をまとめた、botアカウントが見つかった。彼の顔写真がアイコンになっていた。

「あっ、ひいじいちゃんっ…」
変わり果てた姿になったひいじいちゃん。評論らしい難解な文を140字以内におさめてツイート(笑)するひいじいちゃん。自動でフォローバック(笑)するひいじいちゃん…。合掌した。